『第三の手』 -伍 -


纏を解き、我に返ったネモは驚いていた。
確かにいま自分が倒された技は

[ のがれられぬ攻撃 ]

そのものであった。
己が幻術や気合い術を遣うネモである。
いま敵が遣った技が

[ まやかし ]

などのたぐいで無い事は誰よりも良く判った。

(あの若さで、恐るべき遣い手だ)

それまでの慢心は既に消えて無くなっていた。

(改めてあの男に会いに行こう!)

ネモはクヮンを訪ねようと決めた。


環境調査団用のメディカルセンターの病室にクヮンは居た。
二週間に一日、症状を抑える光線の照射を胸に受けなければならないのだ。
光線の照射を終え、処置室のベッドに横になっているクヮンはとても武術の達人には見えなかった。
そのベッドの脇にはガースに連れられてやって来たネモが座っていた。

クヮンはネモに語った。

「特に修行に工夫を凝らした訳ではありません。ただ、こんな身の上になって、何と言うか、、肩の力が抜けたと言うか、何かこうどうでも良くなってしまって、そうしたら身体が自然に動く様になりました。この間の立ち会いの時が初めてだったのですが、、、己の丹田のあたりから見えないもう一つの手が出て敵を攻撃したような感じでした」

見えないもう一つの手。自分が嘗て無敗を誇った [ 第三の手 ] と名こそ似ているが雲泥の差である。
ネモは改めて自分を恥じた。
それにしても、

(この純真無垢な男は生死の狭間を見切ったと言うのか!!)

ネモは驚愕した。今までの慢心にみちた自分の生活が心底汚れて思えた。
そしてこの素晴らしく強い男は病魔の前に倒れようとしている。

(何と勿体無い事か!!)

ネモは地球を後にすると弟子や取り巻きに別れを告げ、
kーショック症候群の治療法の開発と患者の療養に全財産を投入、自らも患者の介護に従事する。
特に若年で発症した患者の世話を良くした。

世話をして行く中でふれあった若者達に、ネモは強く影響を受けてゆく。

「十代で死を悟った者のあの独特な潔さは何だ」

ネモは思う。あの時、クヮンが地球で見せた寂しげな笑顔が目に浮かんだ。

死を自覚して何を悟ると言うのか。
しかも彼らはそのような逆境の中で必死に生きようとしてるではないか。
なのに、、何故この様に穏やかにしていられるのだ?

しかしこの時ネモ自身、自分の顔から嶮が取れ、気配も激しく変化している事に気付いていない。

事実、この頃のネモには何とも潔い風格があった。

そんな折である。

ネモのいる療養施設に三人組の外道ヒョウ師が押し込んで来る。
この三人は上泉武館を破門される直前に敗走した者の成れの果てであった。
この様な事態を防ぐ為に武館では、弟子を破門する際に歩ヒョウは取り上げてしまうのだが、
この三人はその前に逃げ仰せたのだ。
カリビニエリに追われ逃走中の三人は切羽詰まってこの療養所に押し入ったのである。
歩ヒョウを纏ったまま中庭に現れた三人のヒョウ師は各々がかなりの使い手であって、
だからこそ強者揃いの上泉武館の追っ手を逃れてこられたのである。
しかし、次の瞬間、いきなり現れたネモの歩ヒョウ [ シンバ ] は、ゆるりとした緩慢な動きで三器を一瞬にして倒してしまった。
始終を見ていた警官によると、

「何やらまるでそれが当たり前の様に倒されていった」

のだそうな。
この時ネモは、嘗てクヮンが達していたレヴェルに達していたのである。
目の前の強敵から発せられる殺気も、駆け引きも、
もうどうでも良い些細な事に思えた。
むしろ毎日接している病床の若者達の顔が浮かんでいた。
あとはもう自然に身体が動いて、敵は既に倒れていたのである。

その時のネモには、己の鳩尾の辺りから拳が突き出た様な、何とも不思議な感覚があったのだそうだ。

その数年後、 [ kーショック症候群 ] の治療法が発見されると、ネモは医療機関を離れ、
故郷に帰り小さな道場を開いた。

弟子達に披露した奥義 [ 第三の手 ] は [ 腕が六本に増える技 ] では無く、

「己にも敵にも見えぬ存在しないはずの第三の手で打つ」

という技に変わっていたそうである。

---おわり---